「あきたこまちR」は「あきたこまち」と同等ではない
なぜコメの放射線育種に不安を感じるのか

lin_067.gif (542 バイト)


健康情報研究センター 里見宏 Dr.P.H

1.主食のコメは安全第一
コメは日本の風土に適していて、収穫もあり保存もできた。コメが命を支える栄養を持ち日本人の好みにあう食体系が作られてきた。日本人が生存するための保障でもある。コメの重要性は現在も変わらない。
コメを汚染したカドミウムがイタイイタイ病を引き起こした。原因は鉱山の未処理排水のカドミウム(以下カドミと略)が田んぼからコメに入り起きた公害である。イタイイタイ病は生存を支えるコメの汚染で四大公害病として多くの人が知ることになった。カドミの恐ろしさが人の心に残った。しかし、イタイイタイ病患者がどのくらいのカドミを摂取していたかなど未解明な部分も多く研究は続いている。

(注1:三井金属神岡鉱山から未処理廃水に含まれたカドミが神通川を下り富山県の田んぼに入った事件)。
(注2:富山県によれば「1967年から2022年末で、認定患者は201人(生存者2人)、要観察者344人(生存者0)となっている。」

2.来年から新しいコメに全面的に切り替える理由
秋田県が「あきたこまち」(以下「こまち」と略)を2025年から「あきたこまちR」(「以下こまちR」と略)に全面的に切り替える。理由は「こまちR」はカドミの吸収が少ないからだ。カドミが減ったコメなら受け入れやすい。秋田のように鉱山が多くカドミの汚染地区もあるので「こまちR」に切り替えたいのも分かる。ただ、現在の「こまち」がそれほどひどいカドミ汚染があるのか公表されていない。データもなく県内の栽培が「こまちR」に全面的に切り替わる。この急ぎ方に消費者は危惧を感じている。しかも来年から種場は「こまちR」だけを供給するそうだ。農協も受け入れているので「こまちR」に切り替わるだろう。
秋田県の公式サイトに「『こまちR』は自家採種をすると、品種の特性であるカドミの低吸収性が失われる可能性がある」。そのため、農家は毎年種子を購入して栽培することになる。これに消費者は違和感を感じる。また、この流れに何かしらの力が働いていると感じる。意外と消費者の勘は鋭いものがある。
自家採種でカドミの低吸収性が失われるというデータを公開し、農家と消費者に丁寧に説明する必要がある。県も「丁寧な説明と科学的知見に基づく正しい情報の発信」を公言しているのだから。
秋田県は「こまちR」に切り替える理由を下記の表のようにまとめている。この理由を検討してみる。


3.コメのカドミは急激に減っているのに 農水省は1998年のコメと2010年のコメのカドミの分析値を公表している(表1)。1998年の37,250カ所のコメを分析した結果、1sのコメにカドミは平均0.05ppmであった。厚労省は0.06ppmと記している。国の0.4ppm基準を超えるものも96検体(0.3%)あった。人が摂取するカドミはコメから46%入ってくるそうだ。
その後、2010年に行われた2,000検体の分析では平均値は0.05ppmで、その内の1,149件(57.4%)は測れる限界よりも少なかった。基準の0.4mg/sを超えるコメはなかった。コメのカドミは急激に減っている。
しかし、その後のデータが公表されていない。あればもっと減っているだろう。消費者団体が「こまち」のカドミを分析する運動を始めればはっきりする。
消費者団体や市民運動は自分たちで分析することが大きな力になることを知っている。

表1 国産米中カドミウム濃度(1997-8年と2009-10年)


農林水産省「我が国における農産物中のカドミ濃度の実態」(2018.10)

4.一生涯食べ続けても害が出ない量になっている
食品安全委員会は「汚染物質評価書カドミウム(第2版)」でカドミのTWI(耐用週間摂取量)を7μg/s体重/週としている。
2022年の食事からカドミの推定摂取量を2.03?/s体重/週として、この摂取量は食べてよい量の29%にしかならない。添加物や農薬などと違い、食事を毎回3人分ずつ食べるという離れ業は無理だ。カドミの健康影響(初期の腎臓障害)を害する可能性はほぼない。こうなると低カドミ米の「こまちR」の緊急性・必要性は無くなる。

(注3:コメのTWI(耐用週間摂取量)。この数値はカドミ汚染地区と非汚染地区の住民を調べた疫学調査から算出したため精度が高い)

(注4:食の安全は以下のように成立している)
A.食べ物の安全は祖先の人体実験の上に成立している。
B.食べ物の安全は調理技術の上に成立している。
C.食べ物の安全は生物学的適応能力の上に成立している。
D.食べ物の安全は信頼関係の上に成立している。
消費者は食べ物には保守的だ。納得しなければ使わない。「こまちR」を推進する人たちが、今の説明を続けても納得しない人が増えるだけであろう。「こまちR」は生存に関わる主食であるにもかかわらず、安全性の保障の方法が「実質的同等性」という欠陥のある方法だから、消費者を納得させるのは難しい。

5.「こまちR」の安全は証明できていない
放射線育種の「コシヒカリ環1号」の変異遺伝子を入れた「こまちR」が安全かという問題が根底にある。
農水省や秋田県は「こまち」と「こまちR」は実質的同等性があるから安全という。「こまち」と「こまちR」の出穂期、成熟期、穂長、穂数、収量、千粒重、品質、食味など15項目を比較したという。そうしたら「こまち」と「同等」だったという。これまで食べてきた「こまち」と同等なので安全だという。
消費者は比較した項目が穂の出る時期や収穫量など、安全というより、農家を納得させる項目だ。


もともと「こまちR」は「コシヒカリ環1号」と「こまち」の交配種なので「こまち」同士で比較することに無理がある。県はこの矛盾を1回交配すればコシヒカリの遺伝子が半分ずつ減って、理論上99.6%まで「こまち」の遺伝子になったという。小学生の算数だ。この理論上の数値になっていることをデータで示すことだ。根拠になるデータも示さず、思い付きで数値を出すから非科学的な「こまちR」と思われるのだ。蛇足だが、消費者は0.4%も遺伝子が違っていれば大変な違いだと気がついている。人間とチンパンジーの遺伝子の違いは1.2%だ。
「こまちR」はマンガン(Mn)を吸収するタンパク質遺伝子に変異を起こした遺伝子を「コシヒカリ環1号」から受け継いでいる。この「環1号」の変異はマンガンだけでなくカドミも吸収しなくなるので、この遺伝子を「こまち」に移したのだ。
「コシヒカリ」の遺伝子が入り込んでいるのに「こまち」と比べて同等と言われても、「環1号」の遺伝子はどこに行ったのだと思うし、納得しがたい違和感がのこる。
カドミを吸収しないのは「コシヒカリ環1号」の遺伝子を入れた「こまち」が7代継代しても「環1号」の遺伝子が残り、それを「こまちR」としているからだ。

6.実質的同等性でコメの安全は証明できない
遺伝子を変異させた食物の開発は安全の証明が難しい。歴史的な長い時間をかけた人体実験などはやっていられない。簡単にしないと経費と時間がかかり商品にならない。世界の企業は金のかからない安全を証明する方法として「実質的同等性の証明」という方法を考えた。しかし、この方法は欠陥がありこれから大きな問題になる。
「こまちR」は普通の「こまち」と出穂期、穂長、穂数、収量など15項目を比較して同等だという。これで「同等」といわれたら消費者はたまらない。
遺伝子が変異すると新しいタンパク質が出来てくる。この新しくできたタンパク質のアミノ酸組成をチェックする必要がある。
(筆者も遺伝子組み換えトウモロコシのレビューをしたことがある。組み替えトウモロコシのタンパクは異なっており、それを作るアミノ酸組成は大きく違っていた。実質的同等性はなかった。国に提出した英文に記載されていたが、審議に使った日本語資料からは消されていた。)
遺伝子の命令で出来るタンパク質が変わるから、マンガンやカドミを吸収しなくなるのだ。アミノ酸を調べないと評価できない。
食品安全委員会も実質的同等性については「導入する遺伝子がつくるタンパク質の安全性 ? 成分・形態・生態的特質などをみる。」と記している。「こまちR」はこの遺伝子の影響を確認していない。これで「こまちR」の安全は証明されていないということになる。
消費者は「こまちR」を安心して食べ続けてよいのかを知りたいのだ。この疑問を解消する努力がされていない。必須微量元素のマンガンが減っても他の食材から補えばよいという。だから心配になるのだ。
研究者も必須微量元素のマンガンが減るのだから、他の必須微量元素も調べているはずなので、まず身体に必要な微量元素のFe(鉄)、Zn(亜鉛)、Cu(銅)、I(ヨウ素)、Se(セレン)、Mn(マンガン)、Mo(モリブデン)、Cr(クロム)は「こまち」と「こまちR」の比較をしたデータを公表することだ。
しかし、実際は「コシヒカリ」と「コシヒカリ環1号」のマンガンと銅と鉄と亜鉛の4種類を見ている。そして、味覚と関係する亜鉛(Zn)も減ると研究者は気づいている。サンプル数が少ないので数を増やした実験がされているはずだ。コシヒカリの問題は「こまちR」にも起きている可能性が高い。こうした問題解決には費用も少なくてすむ。終わっているならデータを公表し、まだなら大急ぎで科学的に研究すればよい。そうしないと国民に信頼されない。放置すると、大きな信頼関係が崩壊し反対者と議論もできなくなる。



注5:「実質的同等性」とは 組み換えた農作物の安全性を、遺伝子組換えする前の農作物と比較したとき、変化がないと判断されたとき、「同等」とみなされる。導入する遺伝子がつくるタンパク質の安全性 ? 成分・形態・生態的特質などをみる。(内閣府 食品安全委員会 HP)

注6:実質的同等性がなければ動物実験やコメの化学分析などこれまでと同じように急性実験から慢性実験、発がん性実験などを行うことになる。こうなると経費と時間がかかることになる。これをいかに避けるかということに腐心するため国民のヒンシュクを買い信用を失うのだ。

7.輸出のためにというが
日本のコメの輸出量は28,928トンだ(2022年)。日本の主食用のコメは7,007,000トンで(2022年)、輸出米は日本米全体の0.4%だ。コメのカドミの基準が香港・シンガポールは0.2ppmだが日本のコメは98.3%が2ppm以下になっている(2010年)。秋田の生産する約50万トンのコメのカドミが0.2ppmを超えるならデータを示すことだ。
2010年に日本のコメの1.8%が2ppmを超えているから、それが秋田に集中しているのかもしれない。それで「こまち」を「こまちR」に切り替える可能性もある。
輸出米が秋田のコメばかりではない。「こまち」を「こまちR」に切り替えるというのは説得力がない。消費者も理解できない話だ。
現在、日本のコメのカドミ平均濃度は0.05ppmである。ここで秋田はカドミの汚染地区が多く、コメのカドミ濃度が高いから「こまちR」だと言いたいようだ。
やはり、秋田のコメのカドミの最新の実態が必要だ。これがないので消費者を説得できない。市民団体の「こまち」のカドミの実態調査が行われれば大きな力となるであろう。

8.農家の負担軽減のため
 農業の負担を軽減することに異論はない。しかし、欠陥を持つ「こまちR」で、田んぼの水の調整が楽になると言われても破綻したときの痛手の方が大きい。本当に農家の負担軽減を考えているなら科学的に誠実にやることだ。
 それから、2010年以降のコメのカドミの分析情報を公開しない農林水産省、秋田県は県内の「こまち」のカドミのデータを公開することが急務だ。県内の汚染地区で自家米を生産したり、カドミの多い食事をしたりしている地域や人に対してカドミの摂取を低減する政策を行うことだ。まず、こちらを最優先課題にすることだ。

9.「こまちR」の検知法
「コシヒカリ環1号」の判別マーカーが作られているので「こまちR」にも応用できると考えられる。そうすれば、コメ袋の表示に「こまち」とし、品種名が「こまちR」などということもなくなる。
秋田県の啓発文書に「99.6%」がこまちの遺伝子と書いているが、こんな書き方をするから消費者に信頼されなくなる。一番下に「理論上」という訳の分からない注釈がついている。「コシヒカリ環1号」の影響を消したいのだろう。こんな非科学的な説明を入れるだけで信用を失うことになる。遺伝子が0.4%違うことも大変なことなのに、これを0.4%と軽く見せようとするためか。遺伝子が0.4%違うというのは大きな違いなのだ。

注7:「コシヒカリ環1号」はコシヒカリに放射線の仲間でガンマ線より強力な重イオンビームを照射して遺伝子を傷つけ変異させたものである。この変異でマンガン、カドミ吸収を抑えるタンパクが作られ、この遺伝子を「こまち」と交配して移したものを「こまちR」と名付けている。

注8:この放射線育種もガンマ線より強いエネルギーを持つ核の周りを回っているイオンを照射する方法だ。まだまだコメの遺伝子も分からないことが多い。主食にまで手を伸ばしてよいほど科学的に成熟していない。

注9:「コシヒカリ環1号」は4,000粒のコシヒカリにサイクロトロンで加速した炭素イオン電子を照射し、第2代目の2,592粒をカドミ添加した土壌で栽培し、できたコメを分析したら3粒がマンガンとカドミの吸収が少なかったという。この3つの種から一つが選ばれ、「コシヒカリ環1号」として品種登録されたそうだ。この「コシヒカリ環1号」はその後、微量必須元素のマンガンが少ないためゴマ葉枯病になりやすいことが判明した。
この「コシヒカリ環1号」は照射してみたら偶然3粒にカドミとマンガンを吸収しにくい遺伝子の変異があったという偶然から始まったのだ。こんな偶然で出来たばかりのコメに生存をゆだねるほど消費者は甘くない。

10.「丁寧に説明する」に飽き飽きしている消費者
反対する消費者は遺伝子変異も照射食品も区別がつかず、ただ反対を唱えると切り捨てようとしている。少数の消費者が何百人、何千人に増えながら理論構築をしていくということを知らないようだ。細かな説明でなく「こまちR」が本当に必要だということをきちんと説明できれば消費者も素直なものだ。
このままだと、消費者は「こまち」のカドミ分析を自主的に始めることになる。カドミの汚染実態を調べるためだ。分析データを作るということが役に立つ方法だと気がついているからだ。

11.医療で使う放射線を引き合い出す非科学性
「がん治療では、全身に浴びると危険とされるレベルを超える放射線量を患部に照射し、人々の病気を治している事実ある」(秋田県公式サイト「美の国あきたネット」
 患者に放射線が安全だから照射しているのではない。照射することで人の命を少しでも長くする試みだ。がん細胞の死と自分の細胞のダメージを天秤にかけた選択なのだ。放射線は命がけの選択なのだ。それを理解しない専門家が「こまちR」を開発しているのだ。消費者が望む安全を理解しないと話し合いもできない。

lin_063.gif (482 バイト)

b39_001.gif (494 バイト)