アメリカで学校給食に照射牛肉?
―事実を歪めた原子力産業新聞の報道―
編集部

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 2001年5月17日付けの原子力産業新聞に「米国 政権交代で政策変更 給食用牛ひき肉 放射線照射へ」という記事が掲載されました。まず「米国ではサルモネラ菌による食中毒で毎年140万人が発病し600人が死亡」と紹介し、「クリントン政権は昨年6月から給食用牛肉がサルモネラ菌に汚染されていないことを確認する検査を義務付けた。しかし食肉生産業者らからは、検査は手間がかかりすぎるし、不合格になり廃棄される牛肉の量が増え価格が上がるばかりだ、など反対の声が上がっていた。政権交代し新しく発足したブッシュ政権は、このサルモネラ菌検査を廃止し、代わりに汚染を管理する他の方法を導入することを提案した。その有力な方法として挙げられているのが放射線照射で、極めて現実的な方法である」と報じています。そして、自らの記事の信頼性を裏付けるかのように、「ワシントン・ポスト紙やニューヨークタイムズ紙も大きく取り上げている」と書いています。

 ニュースレター編集部でもこの件については4月上旬に情報を得ていました。しかし私たちが海外インターネット等から得ていた情報は、ブッシュ政権は給食用肉のサルモネラ菌検査廃止と照射肉導入への政策の方向転換を農務省から発表したが、この提案は数日後には取り消された、というものでした。ところが原子力産業新聞はこの動きの都合の良い前半部分だけを取り上げ、あたかもこれからは照射牛肉が全面的にアメリカの学校給食で使われるようになるかのような記事を書いたのです。
こうした作為的な誤った記事が原発推進派に対する国民の不信感をますます大きくすることになります。推進の立場をとる原子力産業新聞であっても最低事実に基づいた記事を書かないと新聞にも値しません。
 早速、この経過について詳しく調べてみました。混乱した舞台裏の実態を以下に詳しくお知らせします。

事件の経過

 原子力産業新聞は、ワシントン・ポスト紙とニューヨークタイムズ紙もこの件を大きく取り上げた、と報じていますが、その翌日には両紙ともが、「これは間違いだった」という内容の記事をこれまた大きく(記事の字数は前日と同じくらい、もしくはそれ以上多い)掲載していたことを、まったく無視しています。原子力産業新聞の記事が書かれたのはこれらの記事が掲載されてから1ヶ月もたった後ですから、提案が取り消されたことを知らなかった、ではすまされません。

 ワシントン・ポスト紙(以降WP紙)とニューヨークタイムズ紙(以降NYT紙)の原文記事を読むと、まず4月5日(水)付けで両紙とも「農務省が給食牛肉のサルモネラ検査廃止へ」という内容の記事を掲載しています。農務省によるサルモネラ検査廃止という政策転換の発表、サルモネラ食中毒の問題と実態、昨年のクリントン政権によるサルモネラ検査強化からこれまでの動き、新しく提案される基準とそこで考えられる問題点、これに対して異議を唱える議員や消費者団体の声、などが記事の主な内容で、『代替手法としての食品照射』についてはあまり触れられていません。NYT紙の記事は、「農務省がサルモネラ検査の廃止と照射牛肉の導入を発表」と冒頭で述べ、文中では食品照射技術の説明やこれに対して消費者が不安を抱いていることなどを少し書いています。一方WP紙の記事はほとんどがサルモネラ検査廃止の是非について論じたものであり、食品照射については今回の問題を引き起こすきっかけになったクレイトン氏という人物(詳細は後述)が「殺菌のためにもっと照射技術を使うべきだ」と言った、という一文があるのみです。

 しかし、その翌日の4月6日にはWP紙もNYT紙も「農務省がサルモネラ検査廃止の発表を撤回 今後もサルモネラ検査は続行」という内容の記事を掲載しています。2紙の6日付けの記事を読むと、今回の発表とその撤回の舞台裏がある程度明らかになります。

 それによると今回の事件は、農務省の農産物市場サービス公社代理行政官のケネス・C・クレイトン氏(農務省に20年以上勤務する公務員)が、3月末にノースカロライナ州で行われた物品流通協会の会議で企業担当者向けに講演をし、その中で「農務省は学校給食の食材として納入される食品へのサルモネラ検査の廃止などを含めた新しいルールを近日中に発表するだろう」としゃべったことが発端になっているようです。安全確保のために実施されてきたサルモネラ検査が廃止される、との同氏の発言を聞いて不安を抱いた人たちが急いでインターネットなどを使って情報を流し合い、またたく間にこのニュースが市民団体等の関係者らの間に広まりました。
 ちょうど3月29日(木)に市民団体の代表者とアン・ヴェネマン農務長官による会談があり、この席で市民団体の代表者がこの件について言及したところ、長官も補佐官らも「そんな話は聞いたことがないし、農務省内で検討されたことすらない」と驚きをあらわにし、長官は「自分の許可なしにそのような重大な政策変更が行われることはない」と、これをはっきり否定しました。
 しかし、4月2日(月)に突然、クレイトン氏の発言どおりの「提案(草案)文書」が農務省のホームページに掲載されたのです。驚いた市民団体らはこれを鵜呑みにしないよう報道関係者に注意を呼びかけました。
 農務長官がこのホームページに掲載された文書について初めて知ったのは4月4日(水)夜で、記者からこれを聞いた長官は即刻その夜8時の打ち合わせにクレイトン氏を呼び出し、1時間あまりに渡って会見し、政策を決定するのは長官であること、また、長官が政策を決定する際には関連する全ての部署が関わらなければならないこと、を強く申し渡しました。
 このことはホワイトハウスの大統領補佐官らにも4月4日(水)の夜8時ごろに伝わりました。農務省担当者から「大統領の政策と違うおかしな文書がホームページに掲載されている」との連絡が入ったのです。仰天したホワイトハウスの上級補佐官らは5日朝に会議を開き、「こんな話は誰1人聞いたことがないので、これが本当に農務長官の意向なのか確認する必要がある」として、長官に電話で確認を取りました。長官は、自分はもちろんそのような判断は下していない、とこれを否定しました。
 このように4日(水)夜の段階で政府側は早急に対応を行っていましたが、4月5日付けのWP紙とNYT紙にホームページに掲載された「提案文書」の内容を受けた記事が掲載されてしまったのです。
 4月6日(木)朝には農務省のホームページからこの「草案文書」が消されました。そして同日、今回の件について「発表された草案文書は撤回すること」、「今回の草案文書は農務省内での適切な検討を経ずに発表されたものだったこと」などを明確に伝える農務長官の正式文書が農務省から発表されました。そしてWP紙とNYT紙も、前日にそのような記事が報道されてしまった経緯とそれが完全に事実と異なる「誤った発表」であったことを明らかにし、政策に変更なしとの農務省の正式見解が発表されたことを6日(木)付けの新聞に改めて掲載したのです。
 農務長官は会見の中で、今後も学校給食用牛肉のサルモネラ検査は続行するし、照射牛肉を導入するとの提案も無効だ、と述べています。また今回の提案文書の発表は、農務省の一役人が長官や上級担当官ら誰一人からも了承を得ず勝手にやったことだ、と延べました。

 以上のように、今回の「学校給食用の牛肉に関する政策変更の発表」は、農務省内で検討された経緯すらなく、1人の農務省職員が勝手にインターネットのホームページに掲載しただけ、ということでした。
 今回の騒動は、農務長官による発表撤回で一応一段落したようですが、今後も引き続き農務省の動きには注意する必要があります。なぜなら一介の公務員が自分の考えで草案を作り、ホームページに発表までしてしまうようなことができるとは考えにくいからです。実際、水面下では何らかの動きがあることを示すような情報も見え隠れしており、裏にはそうした流れがあると考える方が現実的です。アメリカの市民団体オーガニック・コンシューマーズ・アソシエーションはインターネット上に掲載しているプレスリリースで、今回の一件で政府は今後もサルモネラ検査は続けるとしているが、同時に照射牛肉の学校給食への導入も着実に実行に移そうとしている、と注意を呼びかけています。


付録

 せっかくですので、ついでにこの件に関連してWP紙とNYT紙の記事の中でみつけた興味深い情報を幾つかお知らせします。

■ 「アメリカ政府が実施している挽肉のサンプリング検査で1億2千万ポンドの牛挽肉から採取された1,436検体のうち130検体が細菌検査で不合格となった(2001年3月30日現在)。不合格となったサンプル130個のうち75個はサルモネラ菌、10個が病原性大腸菌O-157、その他が高濃度の大腸菌群や黄色ブドウ球菌によるもの。」(NYT紙、4/5)
 これはアメリカでは1割近くもの肉が細菌数が多いために食用に適さないとして検査で不合格になる可能性があること示しており、不衛生な食肉処理加工環境が十分に想像できるものです。アメリカには、こうした不衛生な食肉生産環境の改善を考えずに、汚い環境で加工処理された肉を一括照射して片づけてしまおう、という考え方が潜んでいるようです。このような食肉生産業者の勝手な都合で消費者が照射牛肉を食べさせられるなんて、とても許されることではありません。

■ 「サルモネラ検査が義務化された後、昨年度1年間に検査で不合格になり廃棄された学校給食牛肉は、農務省が学校給食用に購入した牛肉総量(1億1100万ポンド)の5%近くに相当する約500万ポンドにのぼった。」(WP紙、4/5)
■ 「昨年クリントン政権が学校給食用牛肉のサルモネラ検査を義務化したのは、学校給食用の牛挽肉の45%近くを供給していたテキサスにある食肉加工場が、農務省が実施した無作為サルモネラ検査で3度も不合格になったため。この加工場はその後農務省の指導で閉鎖された。」(NYT紙&WP紙、4/5)
■ 「それほど汚染されているという牛肉をわざわざ本当に子どもたちに食べさせたいのか考えてみる必要がある、と市民団体代表者は問いかける。」(WP紙、4/5)
 学校給食で使われる牛肉に関しても同様の不衛生な環境で生産されたものが多いことを明らかにしています。また、同様の環境で生産され日本へ輸出される輸入牛肉が事故を引き起こすことも十分考えられます。

■ 「昨年6月に検査が義務化された後、サルモネラ菌による汚染が50%も減少していることが多数の研究調査で明らかになっている。」(NYT紙&WP紙、4/5)
 サルモネラ検査廃止を求める食肉加工業者らは検査には科学的根拠がないと主張していますが、昨年検査を義務化したことで実際ある程度の効果は上がっているようです。

■「米国農務省は昨年、牛肉への照射を許可したが、食肉業者が消費者の反応をうかがっている状態で、導入を躊躇している。今のところ実際には照射牛肉はごく少量しか生産されていない。」
■ 「学校給食用牛肉への照射が決まるようなことがあったとしても、牛肉照射をしようと判断する企業が実際にどれだけ出てくるかは今の段階では不明。」
■ 「照射肉が学校給食に使われた場合、その旨を保護者に伝えるかどうかは学校次第となる。」
■ 「サルモネラ検査により牛挽肉の価格が上がったのは事実だが、照射の場合でも同じ事が起きると考えられる。ただし現段階では照射によってどのくらい価格が上がるかは不明。」(以上全てNYT紙、4/5)

 これらは照射肉に対するアメリカ国民のどちらかというと否定的と見られる反応や、照射肉が導入された場合に浮上してくると考えられる問題点などを表しています。

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