桃太郎はさがせたか−健康優良児表彰制度は何だったのか−
「里見さん、こんな本をもらったよ」といって山田真(小児科医)さんが見せてくれたのが今回の調査研究の始まりでした。この本は昭和五年に朝日新聞社が出した「全国より選ばれたる健康児三百名」という四〇〇ページもある分厚い本でした。ページをめくると子どもの全身写真とその子に関する情報が一覧になって三〇〇人分入っているのです。
この本は日本で初めて健康優良児が表彰されたときの各県の代表になった子どもたちのデータを集録したものだったのです。これは健康とはということを考えるのに重要な本だと直感しました。この子たちはちょうど七八歳位になるはずだ。この人たちを探して今どのように暮しているかを調べれば子どもの時の健康と大人になってからの健康との関係がいろいろわかるはずです。私は子どものとき健康優良ならズーッと健康なのか?という疑問を持っていたからです。
朝日新聞社は文部省の後援を得て一九三〇年(昭和五年)から健康優良児の表彰を始めています。第一回は全国の小学校に在籍する五年生を対象に、体格、学力、体力、操行の優秀な男女を一名づつ県に推薦してもらったのです。このときの推薦基準は校医のチェックと日本体育連盟の競技検査第一テスト基準をもとに行なわれました。第一テストとは何だと思われるでしょう。男女とも五〇メートル走、立ち幅跳び、ボール投げで一定の基準を越えた子どもたちです。こうして全国の学校から県の地方審査会に一三〇八〇人が推薦されたのです。各県では推薦されてきた子どもたちの中から男女各三名にしぼって県代表として全国大会に送ったのです。当時は樺太、朝鮮、台湾が植民地になっていましたから、五〇県から六人づつ、計三〇〇人が集められました。ただ、一県が女性を二名しか推薦してこなかったので本のタイトルとは違って二九九人が正式な人数です。
この二九九人の推薦者から中央審査会で男女それぞれベスト一五が選ばれ、そのなかより日本一の男女が一人づつ選ばれたのです。
表彰式は五月五日の端午の節句に行なわれました。そして、日本一になった児童には桃太郎の半身像が贈られたのです。朝日新聞はこれにちなんで健康優良児を「桃太郎さがし」と名付けたのです。
翌年からは六年生が対象になり、国も軍国主義化していくなかで好都合な催物でしたから花々しくこの健康優良児の表彰に力を入れたのはいうまでもありません。一九三八年からは優良児を産んだ母親も表彰されることになったのです。
この健康優良児の表彰制度はいわゆる「健康」というものはこういうものなんだという具体的なサンプルを見せるわけですから影響は大だったわけです。今でも大きくて力が強くて早い子たちが健康だという思いこみを持っている親や教員に会うことがあります。これは背が小さかったり、走るのが遅い子にとっては健康な子どもじゃないのかなというあきらめを生んだのだと思います。病気の子どもなんてもってのほかです。こういう空気を作り出す大きな原因の一つに違いありません。たぶん読者の皆さんの親やお祖父さんお祖母さんのなかにはこうした健康感を持っている人がいるはずです。
こうした表彰に、これは健康差別ではないかという問題が指摘されるようになり、一九七八年からは個人ではなく、学校を対象に「日本健康推進学校表彰」という形で続けられることになったのです。しかし、この表彰も、昨年(一九九六年)が最後となりました。
さて、当時の調査項目は生年月日,身長,体重,概評,胸囲,座高,栄養,疾病異常,50m走,立幅跳,投力(男子は野球ボール、女子はバスケットボールを使用),4年時の欠席日数,5年時の欠席日数,学業成績,操行,分娩状況,哺乳状況,哺乳期間,歩行年月,既往歴,父親(年齢,職業,健康状態,生死,死亡の場合の病名),母親の(職業,年齢,健康状態,生死,死亡の場合の病名),父方および母方の祖父・祖母の(健康状態,死亡の場合の病名),兄弟姉妹の(人数,健康状態,生死,死亡病名),家庭生活状況の43項目で調査が行なわれています。
表1に当時の主だった結果をまとめました。一九三〇年の六年生の平均身長・体重が男で一二八.八センチメートル、体重二七.一キロ、女で一二八.五センチメートル、体重二七.〇キロですから、ベスト一五に残った子どもたちは身長で二〇センチ以上、体重で一五キロ前後も大きいのです。現在の子どもは身長体重ともに大きくなっていますが(小学五年生の平均が男一四四.九、三八.四、女一四六.九、三九.四)がさすがにその平均値よりは大きいのです。
身体的ばかりでなく、運動能力においても高い値を示しています。全体で見て哺乳期間は二七ヵ月で,歩行開始は一四ヵ月。虫歯は少ないのです。
さて現在、私たちはこの三〇〇人を追跡しています。約二〇〇人ほどの方の消息がわかっています。既に亡くなった方、元気に暮している方、病気になり健康優良児になったことが重荷になっている方などいろいろの人生模様が見えてきます。私たちは後残りの約一〇〇人の方々を探しています。特に、樺太など外地にいらした方の消息がわかっていません。もし皆さんの周りに大正七年生まれで健康優良児になったという方がいらっしゃいましたら御知らせください。