乳がんからから見えてきたもの
-Sさんからの手紙-(1999年5月17日)
ち・おニューズレター編集部 御中
前略 初めてお便りさせていただきます。
実は、このような内容はニューズレターの趣旨に合っていないのでは・・・と自分でも迷いがあるのですが、思い切って相談させていただきます。
私は現在40才で、11才の娘と二人暮らしの団体職員ですが、一昨年の9月頃に右の乳房にしこりのようなものがあるのを感じました。当時も少しは気になったのですが、それまで病気知らず医者知らず常備薬なしの生活をしておりましたので、大したことないだろう、そのうち消えるだろうとタカを括って放置しておりました。また、当時は夫との離婚の手続きに奔走していた時期でそれどころではなかった、という事情もあります。
ところが、昨年末頃からしこりが以前より大きくなったような気がし、また時々ですが痛みも感じるようになりましたので、自己診断などをするにつけ不安が徐々に大きくなり、先日ついに勇気を出して近くの済生会病院に検診を受けに行きました。
その時の検診内容は視診・触診とマンモグラフィ及び細胞診で、次回、超音波検査を受けることになっています。細胞診の結果はまだ出ていませんが、触診とマンモグラフィの結果から「乳がん」の可能性が高いこと、しこりもかなり大きい(5cm×9cm位)ので、早期治療が必要なことを言われました。
自分なりに、ある程度覚悟をしていたつもりでしたが、現実にそう宣告されたことで今は予想以上に大きな不安に襲われています。
もし、手術などで長期入院を必要とされるなら、仕事のことや娘のことなど一体どうすればいいのか、離婚の際に種々の出費がかさんだため蓄えがほとんど無くなってることから、入院費のことも心配だし、職を失えば娘との生活そのものも成り立たなくなる等々、考えれば考えるほど混乱し、どうしてよいか分からなくなります。
たまたま近所の本屋で見つけた本(慶応義塾大学講師近藤誠著「乳がんを忘れるための本」)を読んでますと、切りたがる外科医はよくないとか、外科医の考えや態度一つで治療法が異なってくる、といった趣旨のことが書かれていますが、本当にそうなのでしょうか。また、医師にも「知識や経験に差があって誤診が多い人がいるのも事実」で、「大病院にいる病理医だからといって安心はでき」ないとも書かれてありました。ですが、そのような各医師個人の技量についてまで、一般の者は知るすべがありません。あちこちで病院内の不手際や誤診などの報道が相次ぐ昨今、果たして自分をどの病院のどの医師に任せたらいいのか、不安でたまりません。
治療についても、直ぐに手術をせずにまず抗がん剤を投与する方法もあると言われましたが、まだ詳しい説明を受けていませんし、副作用についても心配です。とりあえず一つの病院での検査だけでは不安ですので、複数の機関で検査を受けた方がいいとは思っているのですが、例えばマンモグラフィの検査一つにしても、患者側として相当な精神的苦痛を味わったこともあり、何度も同じような検査を受けることを考えるだけでいやになってきます。
とにかく今は不安で不安で、誰に相談したらよいかも分からず、思い余ってこのような相談をさせていただきました。(実は文章にすることで、自分の気持ちをある程度整理する事ができるかもしれないとの期待もありました。)
できることなら、手術をせずに治療したいのですが、やはりこれ程大きくなってしまってからではもう遅いのでしょうか。(先のとは別の本で、免疫療法という方法があることも見ましたが、立ち読みでしたので詳細はよくわかりません。)最終的にどの治療法を選ぶかは自分で判断しなければいけないと思うのですが、そのためにもやはり複数の機関で検査を受けるべきでしょうか。どの機関で治療を受けるかを考える時、どういったことを基準に判断すればよいのでしょうか。また、診察カルテやレントゲン写真などの写しをもらうといったことはできないのでしょうか。
自分自身がまだまだ大きな不安を抱え混乱している状態ですので、自分の置かれている状況や複雑な思いをうまく表現できていないかも知れません。また、筋違いのご相談をしているのかも知れませんが、そこの辺りはどうかご容赦ください。
草々
ち・おニュースレター編集部 (1999年5月18日)
S 様
前略
突然のことで不安になるのは当たり前だと思います。何回もお手紙を読みましたが・・・まず最初にやることは、済生会病院の検査結果をきちんと聞くことです。解らないことがあると不安になります。病気の説明がわからないのは素人ですから当たり前です。このファックスが届いている頃は結果がわかっているかもしれませんが、まず、診断の結果を聞いてからです。癌でないことだってあります。逆に問題があっても、どの程度の癌で、どのような治療法が一番良いのかハッキリ聞くことです。メモして置くと良いと思います。医師に紙に書きながら説明してもらいそのメモ用紙をもらうのもいいかと思います。解ったつもりでもすぐ忘れてしまいますから。疑問を感じたらハッキリその旨を告げてかまいませんよ。診断に疑問があったら違う病院でもう一回検査を受けたいと相談してみてください。アメリカでは一般的に2重チェックをしています。日本人も最近はやっています。病院が気を悪くするといけないからと遠慮する必要はありません。2回の検査で苦痛を感じるものについては病院に相談して検査結果を借りていって再診断してもらうということもできるはずです。担当医に相談して下さい。
入院期間や費用や子どものことも心配になることは全部聞いてみてください。たぶん済生会くらい大きな病院になるとそうした問題に答えてくれるカウンセラーを置いているのではないかと思います。
お役に立てることがなく申し訳ありません。まずは緊急を要することなのでファックスを入れます。 草々
追伸
本に書いてあることは一般的な問題としては重要なこともありますが、Sさんのような個々の症例にあてはまると考えない方が良いと思います。まず、境さんにとって一番よい選択をすることです。相談すればいろいろな選択肢を示してもらえると思いますし、そのうちどの選択が良いかも情報を提供してもらえると思います。
ち・おニュースレター編集部 (1999年5月19日)
前略 FAX受け取りました。早速お返事いただきありがとうございます。
実は今日、超音波検査を受けることになっていますので、先日の細胞診の結果が出ていればそれも合わせて、診断の結果をきちんと聞いてこようと思います。そして、やはり癌であると診断されれば、その程度や治療法についても詳しく説明してもらい、場合によってはセカンドオピニオンを得るために別の機関で再検査を受けることについても考えてみようと思っています。
今回の検査のことについて、娘には少しだけ話をしましたが、今のところ他の誰にも打ち明けていませんので、このような一方的なFAXでの相談に対してきちんとお返事をいただけたことが、本当に嬉しかったです。
診断結果や治療法についてよく分からないことや不安なことが出てきましたら、またご相談させていただくかも知れませんが、その節はどうかよろしくお願いいたします。
草々
ち・おニューズレター編集部 (1999年5月26日)
前略
先日は突然のFAXにも拘りませず丁寧なお返事をいただきどうもありがとうございました。
19日に予定通り済生会病院で超音波検査を受けた後、セカンドオピニオンを得るため24日に大阪府立成人病センターを訪ねました。但し、済生会病院から紹介状をいただき、マンモグラフィーとエコー検査及び細胞診の結果も貸していただきましたので、成人病センターでは触診とエコー検査のみの診療でした。
私が乳房温存を希望しましたので、治療法についてはどちらの医師も、まず化学療法でしこりを縮小させてから手術をするという点では同じ意見でしたが、済生会病院では動注化学療法を行い、成人病センターでは静脈注射(CE療法)による、と言われました。
私なりにいろいろ調べてみたところ、静脈注射のほうが強い副作用を伴うのではないかと思っているのですが、それぞれにどのような長所と短所があるのでしょうか。また抗癌剤の投与には他に局所注入療法もあるとのことですが、これは乳癌などには不向きなのでしょうか。
私としては子供のことや仕事のことがありますので、できるだけ日常生活への影響が少ない方法を選びたいと思っています。地理的な面からいえば済生会のほうは自宅から車で10分程度の距離にありますので通院には便利ですし、成人病センターのほうは職場から地下鉄と徒歩で15分くらいの距離にあります。それから、静脈注射のほうは通院で可能だそうですが、動注療法は3・4日の短期入院が必要だとのことでした。通院で可能なら静脈注射の方がいいのでは・・・とも思いましたが、副作用が強いのであれば日常生活に影響が出るだろうし、それであれば副作用が比較的少ないと思われる動注療法の方がいいかもしれない・・・等々、いろいろと悩んでいます。また、CE療法という方法もセンターから渡された説明文書で初めて知りました。ここ数週間、書物やインターネットなどで乳癌に関するいろいろな情報を得る努力をしているのですが、これについての記載は見つけられませんでした。
私の病期はV期とのことですので、あまりじっくり考えていることもできないと思うのですが、自分の体のことですので自分で納得の行く治療法を選択したいという思いが強くあります。
もし可能であれば、これらの治療法について某かのアドヴァイスやご意見をいただけないものかと思い、またFAXでご相談させていただくことにしました。どうかよろしくお願いいたします。
草々
ち・おニューズレター編集部 (2000年4月24日)
前略 先日はわざわざお電話をいただき、ありがとうございました。
昨年5月に乳癌治療法についてのご相談を唐突にもちかけておきながら、その後の経過報告をおろそかにしておきまして申し訳ありませんでした。
当時、先生やその他色々な方に相談をしながら自分なりに考えた結果、済生会病院で動注化学療法を受けることに決めたのです。それは、脚のつけ根の動脈から抗癌剤(タキソテール60mg)を直接患部に注入するという方法で、通常3〜4日の短期入院を必要とするものです。私は、6月に第1回目の動注を受け、それから約6週間おきに(一般的には4週間おきだそうです)合計6回の動注を受けました。
今年の1月に6回目の動注が終了しましたが、私の場合、タキソテールが非常に良く効き、3回目終了後には腫瘍が約3分の1位にまで小さくなり(もともとすごく大きくて9cmくらいありました)、最終的には4〜5mmにまで小さくなったのです。6回目終了後に医師から、「かなり小さくなっているので手術をするなら今が最適な時期」と言われましたが、手術となるとどうしても入院期間が長くなるため、手術をせずに済ませたいと主張しましたところ、一般的には手術後に受けることが多い放射線治療(リニアック)を受けることになりました。そのため、週5回(1回に2グレイづつの照射)×5週間、合計25回の通院が必要でしたが、これも3月9日には無事終了しました。
主治医からは、「動注が良く効いた結果腫瘍がなくなったケースもあるが、それは手術をしてみて判ったことで、手術せずにそのままにしているケースはない」と言われ、放射線医師からも、「最終的には動注とリニアックだけで患者の体を傷つけることなしに治療することが理想だが、今はまだ時期早尚」と言われましたが、一応私の意志を尊重していただき、このまま様子を見ることになっています。
動注の副作用で一時期頭髪がかなり抜けましたので、真剣に鬘の心配もしましたが、幸いそれには及ばず(動注4回目以降は抜毛もそれほど出なかったのです)、なんとか自前で通すことができました。また、6月以降今もずっと服用しているホルモン剤(ヒスロンH)の副作用で体重が増加したことは悩みの種ですが、治療期間全体を通じて吐き気や倦怠感といったものは全く感じず、血液検査も常に正常範囲の結果が得られましたし、私の場合いつも経過が良好だったため4回目以降は入院期間も短縮されたことで日常生活への負担も軽くてすみましたので、動注療法を選択したことは結果的に私には合っていたと思っています。
これがこの1年弱の間の私の癌治療の状況です。今は増えてしまった体重をどうやって元に戻そうか、悩んでいるところです。ヒスロンを服用すると皆コロコロ太ってしまうそうなので、動注終了後に服用量を半分に減らしてはもらいましたが、相変わらず食欲は衰えず、体重も1kgくらい減った程度であまり変わりはありません。でも、ヒスロンとタキソテールの相性の良さについての報告データはいろいろ出ているらしく、私の場合もその一例だったのかしれません。
最近、主治医から「局所麻酔で入院不要のくりぬき手術もある」と言われていますが、いずれにせよリニアック終了後間もないので、数ヶ月はこのまま様子を見ることになるそうです。くりぬき手術を受けるかどうかについての結論はまだ自分でも出していませんが、やはり体にメスを入れることには抵抗があるので、できればこのままにしておきたいと考えています。
治療期間中、仕事や家庭への負担を最小限に押さえ、従来通りの生活を続けて来られたこと、これが私にとっては何よりの幸せです。それに乳癌になったおかげで、それまであまり知らなかった(関心のなかった)医療問題に目が向くようになったり、多くの方々の親切を改めて感じることができたり、良いことがたくさんありました。乳癌に感謝したいくらいです。私としては、手術をして癌をやっつけてしまうことより、今の日常生活を維持することの方が大切ですし、別に腫瘍を取り除かなくても、このまま大きくなりさえしなければ癌と共に生きる方法を選択してもいいのでは…と思っているのです。
また、事態が急変したりして、不安なことが出て来るかもしれません。その節はまたご相談させていただくかもしれませんので、これからもどうか宜しくお願いします。
まずはお礼とご報告を申し上げます。
編集部注
注1.「タキソテール」はタキソイド系抗悪性腫瘍剤で、効能は乳癌、非小細胞肺癌、胃癌、頭頸部癌、卵巣癌の薬 販売開始年月は1997年6月
注2.「ヒスロン」は酢酸メドロキシプロゲステロン(200mg)で副腎皮質ホルモン様作用がある。効能は乳癌、子宮体癌(内膜癌)の薬 販売開始年月 :1987年5月